密室の恋・未必の故意 ―「恋の罪」―

〈ご鑑賞の予定がおありの方は後でお読みください。もし、全然興味ない方がこれを読んで頂いて興味持って頂けたら嬉しいですね〉

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園子温監督という方は一体全体どういう人物なのでしょうか。「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」「恋の罪」、どの作品も、はっきりいって元ネタは新潮45じゃないですか。なのになのに、どうして――


というわけで東電OL殺人事件をモチーフにした作品「恋の罪」です。

水野美紀さん演じる女性刑事が、円山町のラブホテルで不倫セックスをしているまさにその時、同町にて奇っ怪な猟奇殺人事件が発生。彼女はどしゃぶりの雨の中、現場へと駆けつける――


水野美紀さん、いきなりタワシ全みせのフルヌードを披露されてるのですが、これがじつにありがたみが無くって素晴らしいです。ヌード自体は全然エロくない。でも、エロくないゆえにエロい、というか、それが楔となって、劇中、水野さんのヤサグレっぷりを補完、ヌードとヤサグレがビシャビシャに混じりあった結果、お洋服の奥からえもいえぬフェロモンが出ているカンジがいたします。たまりません。いやまあとにかく、今作の水野さんのヤサグレっぷりは見事なもので、とくになんもしてなくっても行間からなにかが滲み出まくっています。おもわず「ミキ!何言うたんや!バーニング!」と言いたくなります。水野さんに関しては、女性刑事役+ヌードの時点で勝ちといえるのではないでしょうか。

物語は、人気作家を亭主にもつ菊池いづみさんと、昼は東都大学助教授・夜は円山町のホテル街でタチンボを勤める尾沢美津子さんを軸に進みます。


彼女達の家庭はなんとも狂っております。
まず、いづみさんの家は、亭主が異常に神経質、いづみさんはそれに合わせて異常に貞淑であります。いづみさんは、毎朝、亭主を見送った後、彼の履いていたスリッパをキレーに揃え直すのですが、そのシーン、何度も何度も執拗に繰り返され、これがなんとも気持ち悪いです。なのですが、どういうわけか、その繰り返しが次第に心地よくなってきまして、そんな己の心の有様に心底ゾッとしました。もっとこのルーティンをみていたい!!と(※1)
しかし、まあご想像のとおり、そのルーティン生活はブッ壊れていくわけですが(というか、ルーティンはルーティンでブッ壊れているわけですが)、その壊れっぷりが本気か冗談かわかんなくって最高だったりします。
いづみさんは、スーパーの試食コーナーでパートを始めるのですが、上司から「声が小さいよ」とイヤ味を言われます。すったもんだあった後、彼女は家の鏡の前で全裸になってポージングとりながら発声練習をします。「いらっしゃいませ。試食いかがですか。おいしいですよ」「いらっしゃいませ。試食いかがですか。おいしいですよ」何度も何度も繰り返すうちに次第に声が大きくなっていくいづみさん。その声が最高潮に達したかと思うと――カットはバスン!と試食コーナーへと変わる。じつにすばらしい展開。加えて、扱ってらっしゃるソーセージがデカくなったりしてて、本気か冗談か全然わかりません。
ちなみに、いづみさん、もう一段フッ切れてから激烈なセックスをされるのですが、そのシーンでは観客のおばちゃん連中が大爆笑されてまして、それはなんといいますか、「酸い甘いも噛み分けた女性にしかわからない何か」があるような気がいたしまして、勿論、おかしいながらも、どこか怖かったです。


尾沢美津子さんのご家庭の狂いっぷりは予告でみることが出来るアノ通りですが、やっぱ素晴らしい出来です。母娘の笑顔での罵り合い。マジ素晴らしすぎます。「くそばばあ早く死ねよ」「あなたこそ早く死ねばいいのにねえ〜」。若干カブリ気味で返答するそのタイミングが絶妙すぎて悶絶しました。
あと、美津子さんの昼の顔と夜の顔も絶妙でして、それぞれのお顔がそれぞれの環境で実在してそうなお顔なんですよね。女優さんってスゴいですね。本当にスゴいです。今作は、終盤冷たい熱帯魚」と同様、導師と弟子の立場が入れ代わる展開をみせるわけですが、今作の場合、女優力が盛られてる分だけより印象的なモノに思えました。

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さて、いづみさんと美津子さんの間でしきりに交わされる詩があります。


言葉なんておぼえるんじゃなかった
意味が意味にならない世界に生きてたらどんなによかったか


チョーわかります。でも、それでも人はコトバを求めていってしまうのですよね。それは人間の業なのでしょう。いづみさんの「密室の恋」からの転落は、無意識の願望、つまり「未必の故意」といえるでしょう(それは美津子さんの行動も同じことがいえるでしょう)。コトバを持ち合わせていなかった者がコトバを獲得しようとし、そのせいでドロまみれ・血まみれになるのですが、それでも尚、歩みを止めることは出来ず突き進んだ結果、今度はコトバを剥ぎ取る地点にまで行きつく――その、必死で生の実感を得ようと苛烈に突き抜けてくカンジに――たとえ題材がなんであろうとも、たとえ登場人物が30才を越えていようとも、そんなの関係なく――なんともいえぬ青春活劇的な爽やかさを感じてしまうのでしょうか(※)

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ところで「冷たい熱帯魚」はエンターテイメント作品としてきっちり作られておりましたが、対して、今作はわりとアングラ臭漂う作品でして、正直わけがわからないところもあるのですが、それがあまり気にならない、すなわち、物語の整合性はさておきで「描きたいカットを描いた!」という印象が強く、一場面一場面の強烈なパンチ力で持っていってるカンジがいたします。というわけで、個人的には、「冷たい熱帯魚」と「恋の罪」、どちらをもう一度観たいかっていうと「恋の罪」のほうだったりします。というか、じわじわきてます。「恋の罪」(※3)

あ。最後に。アンジャッシュの児嶋イイですね。ネタは全然好きじゃなかったですけど、こういう、なんというか、チョー嫌なカンジのヘンタイ役ばっかやればイイのにと思いました。お笑いはもういいんじゃないですか。ついでに、相方さんもイイ人そうだけどドス黒そうですし、いつか、クズ人間役同士で夢の競演はたして欲しいですね。

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(※1)スリッパを揃え直すシーンだけが20分付け足されているバージョンがあるなら断然それをみてみたいなあと思うぐらい心地よかったです。


(※2)上演前、「ヒミズ」の予告が流れていたのですが、正直、その段階では「ん?ヒミズってこんなカンジだっけ?」となったわけですが、今作を観終わったあと、「これはもう園子温監督節だな」と納得できました。楽しみです。


(※3)でも、なにかのDVDで「冷たい熱帯魚」の予告をみまして「この映画チョー面白そう!」ってなりましたので、再見してみたらまた意見変わるかもしれません。