放たれた弾丸は、愛 ―「J・エドガー」―

じつはこの映画、観た直後はあんましハマらなくって、というか、「FBI副長官の老けメイククオリティが絶妙にコントっぽい」ことから生じるおかしみが一番立ってたぐらいで、ぶっちゃけていうと、「昨年読んだエルロイ3部作のほうがとってもエモくて好きかなあ?」ってカンジのテンションでした。そんなわけですから、敢えてワタクシが主張することがあるとするなら、「プライベートのフーヴァーも面白いけど、昼間のフーヴァーはもっとスゴくて面白いですよ!!」ってことぐらいかと思ったんですけど――

思 っ た ん で す け ど――
一晩、この映画について色々考えてたら「いやいやこの映画チョー面白いわ!」となったわけです。キモはリバタリアニズム

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【エルロイ3部作】
まず、ワタクシが「J・エドガー」を観たとき、比較対象としてアタマに浮かんだ作品、それが先に挙げたジェイムズ・エルロイ作「アンダーワールドU.S.A.」3部作です。というか、「J・エドガー」以前にまとめてフーヴァー長官のお姿に触れたことがあるのはこの作品だけだったりするんですけど。すみません。
ま、とりあえず、この3部作、どのような内容かといいますと、60年代アメリカで起こった様々な黒い事件――キューバ危機・ケネディ兄弟暗殺・キング牧師暗殺・ウォーターゲート事件等々――の背後には、政府やマフィアやコミュニスト、そしてFBIの思惑が入り乱れる権謀術数の世界が在ったことを描いております。
で、です。この中で描かれるFBI長官フーヴァーの仕事っぷりがマヂすごいんです。政府のために働いているかと思ったら、マフィアと手を組んでたり、信頼できる内通者を抱えているかと思ったら、その内通者も盗聴していたりと、まーとにかく情報乞食っぷりとその利用法のゲスさがハンパない。エルロイ3部作って、登場人物は基本的に――警官だろうがマフィアだろうがコミュニストだろうがなんだろうが――そろいもそろってゲスばっかなんですよね。全ー然本心がみえんヤツらばかり。なんですけど、そん中でも群を抜いてゲスいという印象を受けざるを得ない凄まじい漢がフーヴァーなのです。ほんとゲスの極みだなーって思うのは、フーヴァーって全然現場には登場しないんですよね。ヘッズとかアイドルファンなら100%罵倒の対象となる漢です。だから、最後の最後まであんましわかんないんですけど、実は諸々の事件の根っこにいるのは全部フーヴァーであって、最終章では、その諸悪の根源たるフーヴァーに対してとある一人の登場人物が闘いを挑み――という展開が待ってて、それがチョー燃えるんですよね。


何が言いたいかっつうと、イーストウッドイデオロギーからすると、フーヴァー長官に対する姿勢というのは、どっちかつうと、エルロイ3部作的な方向性のほうが「らしい」んじゃないかなーと思ったんですね。イーストウッドイデオロギーとはなにかですって??それが「リバタリアニズム」です。

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リバタリアニズム
さて、今作の監督であるクリント・イーストウッドの根幹にあるイデオロギーリバタリアニズム」、あまり馴染みが無い方もいらっしゃると思いますので、ちょっとリンクを貼っておきます。ここスゴい判り易かったので。


リバタリアンFAQ


上記リンクは、質問形式でズラリズラリと書かれてますので、とりあえず、こちらでは今作に関係ありそうな項目を抜き出してみました。それは以下の通り――

1.リバタリアニズムとは何ですか?
リバタリアンは平和と物質的豊かさを備えた世界を欲している。また、それを勝ち取るための唯一の方法は、自己統治によるものであり、他者による統治ではないと考える。

5.政府はラジオやTVや新聞を規制するべきでしょうか?
アメリカ人は自分の見たり聞いたりするものを自由に選択できるべきである。政府によって、その選択を規制されるべきではない。

6.リバタリアンはなぜ成人の合意あるセックスに関する規制を撤廃しようとするのですか?

性的な関係を形作る選択方法より以上に個人的なものというのはこの世にない。政府は人々のベッドルームに侵入するというのは政府の役目ではないのである。

9. リバタリアンは移民をどのように扱うのでしょうか?
誰でも、どこへでも旅行をする権利がある。人間の権利を尊重しよう。


うむ。こうやってみてみるとスンゴいわかり易いですね。つまり、「J・エドガー」の主人公であるフーヴァーが目指してる社会って、イーストウッド監督のイデオロギーであるリバタリアニズムとはカンペキ相容れないものなんです。
最大公約数的効力をもつ連邦法を手中におさめ、日に日に人のセックステープをチェック、あげく自分にとって都合の悪い人物を移民として排除してく男――そんな胸糞悪い男がいましたら、ただでさえ一発ブン殴りたくなりそうなものですのに、もし貴方がリバタリアンだったとしたら――怒りの度合いは1000倍増、反射的に銃弾撃ち込みたくなるレベルの胸糞悪さではないのでしょうか。なのに――

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なのに――今作において、イーストウッド監督がフーヴァーに投げかけてる視線はとても優しいものなのです。個人的見解では、フーヴァーのゲスっぷりは随分控えめにされてるカンジがして、むしろそれとは逆サイド、「彼の行動は国家を守りたいという信念から生まれたものである」って部分が強調されてるように思います。徹底的に悪として描いてもおかしくないレベルの相容れなさなのにそれは避けている。勿論、この物語が「フーヴァーの自分語り」ということもあるのですが、それでもやはり好意的視線を感じずにはおれません。
うーん。イーストウッド監督は何故このような作りにしたのでしょう。そのせいで著しくカタルシスが削がれてるカンジがするのに。でも、ここが今作のキモのような気がします。つまり、イーストウッド監督は、フーヴァーの政治的外道さを描くのは意図的に避け、ただ純粋に「公人としての姿勢」を描いている。そういえば、今作って、第1パート第2パートでは「公人フーヴァー」の有様がメインに描かれています。なんですけど、第3パートにはいると――そこまででは仄めかしに過ぎなかった視点が一気に爆発、つまり「私人フーヴァー」の姿があらわになってくる。


公人のフーヴァーと私人のフーヴァー……
そうか。「公」と「私」。それが大事なんですわ。


つまり、公人フーヴァーは「国家と組織に対する愛」を貫いているわけですが、私人フーヴァーは自らの恋ゴコロと性癖に苦悶しつつ日常生活を送っている。「公」に囚われて苦悶している「私」――――
良き世界が訪れることを信じて「公」に忠誠を尽くすフーヴァー、はたして、彼の日常に身体の平和と心の安らぎは訪れたのでしょうか?そして国家の安らぎは?実際のところ、フーヴァーは自らの愛を最も良き形で成就することは出来なかったし、世界は一つもよくならなかった。「社会をよくしようとする意思」が善意によるものであればあるほど、「公」の力の弱さが露呈されていく。そしてそのボロボロっぷりを尻目に「恋愛の輝かしさ=最小単位での人間関係の充足」「公共では解決し得ない個の存在の重要性」を説く――つまり、ここにあるのは――リバタリアニズムの勝利です。

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アンチリバタリアニズムに対するリバタリアンの闘争、それは、かつては実際に銃弾を放つという行為だったのかもしれません。つまり「アンダーワールドU.S.A.」みたく解りやすい形でカタルシスを得ることができるものだったのかもしれません。しかし、イーストウッドは前々作「グラントリノ」の段階で、武器を放棄するところにまで至りました。それはもうその段階で「悟り」の境地だなーと思っていましたら――今作において、彼はさらにその奥にまで足を踏み入れた感があります。つまり、愛を武器にしている

愛の偉大さをしらしめる。
愛で世界を変える。
愛こそ全て。
汝、隣人を愛せよ。
そうなんです。すぐ隣にいる人を理解し愛すること。それによって完成される社会。そこには国家や法なんて必要じゃない――イーストウッドって、究極のリバタリアンへの道を歩んでるような気がしてなりません。

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と、「J・エドガー」の感想をつらつらと書いてみたわけですが、じつはワタクシ、イーストウッド関連の映画は「ダーティハリー」と「グラントリノ」「インヴィクタス」しか観ていませんし、エルロイ3部作に至っては第1作未読だったりします。なんですけど、フーヴァーみたく言い切ってみると気持ちイイものですし、なんだか関連作品に全部触れたことがあるような気持ちになってきました。ハハハ。
あ。あとですね、「イーストウッドリバタリアニズム」って視点は、完全に京都のカフェ・オパール元店主さまによるところが大きいので深く御礼申し上げます(ブログ面白いので是非検索してみてください)。