静止した光の中で ―「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」―

ワタクシ、学生時代、ジャスコでアルバイトをしておりまして。普段は決まった売り場で決まった仕事に従事していたのですが、年に何度か催事コーナーのお手伝いに行かされることがありました。あるでしょう、陶器市とか北海道物産展とか、そういうヤツ。中には、振り返ってみると「そういえばそんなのあったなあ」と思う催事もありまして、その筆頭に当たるのは間違いなく、クリスチャン・ラッセンヒロ・ヤマガタといったあの辺のアレな絵の販売会でしょう。これは揺るぎない。しかし、ちょっと前なのにスゴイ時代だったんだなあ。あんなもんに何万円も出すだなんて。なんだかんだいってまだ景気良かったんですね。ま、とりあえずそんなこんなで、ラッセン的なモノの販売業者さんがやってきた時も、他の催事と同様、お手伝いにいってたわけです。で。です。じつは、ラッセン販売のお手伝いは、数多のお手伝いの中でも結構思い出深い部類に入りまして、というのは、その業者さん、催事にやってくる他の面々と較べて、圧倒的に若い方が派遣されてきてまして、それも、東京!東京!からやってきてらっしゃったんですよね。東京ですよ、東京。死にたいぐらいに憧れた花の都大東京ですよ。ド田舎の学生からしたら「東京からやってくる人」なんて現人神ですから、それだけでテンションあがってしまう。年も比較的近いですし、必然、派遣されてきた兄ちゃんと仲良くなったりするわけです。
「君、音楽好きなんだー。俺さー、普段はレゲエバーで働いてんだよー。金貯めて自分の店持ちたいんだー」つって。「今度来る時はテープ作ってきてあげるよー」つって。で、後日、約束通りテープ持ってきて頂いたのですが、それがなぜか、ルー・リードの「Magic & Loss」だったりして、今から考えますとなかなかイカンジでアレなんですが、その時は本当に嬉しかったのです。いまでもルー・リード好きだし。マジで感謝してます。
他にも色々お話したのですが、あと覚えてることといったら、そうですね、「関西といえば、すげー映像集団いるの知ってる?アマチュアなのにさ、すげークオリティの作品作って発表してたりすんだよー。ヒーロー戦隊モノのパロディやってさ、爆発とかミニチュアとかマジすげーんだよー。俺、その人達に憧れててさー。いつかああいう仕事したいなー」なんておっしゃってました。販売員の兄ちゃん、色々アレですが、それはさておき、そのアマチュア集団による創作物ってすなわちDAICONにおける庵野ワークスの一つだったわけですね。

                                                                                        • -


で。「エヴァQ」です。
これが予想通りで面白かった。「予想通り」っていうと、「何を材料に」「どう予想して」「どう面白かったのか?」って話なんですが、つまり――本編の前に「巨神兵東京に現る」というミニチュアを使用した特撮短編が用意されていると聞いた時、もしかして「エヴァQ」、庵野監督、自分の愛してやまないものを衒いもなく全力で投げてくんじゃないのか??それこそ自主制作時代の勢いで……!!と思ったのです。そしたら案の定!!――
もうさ、オープニングの20分間は、オールドスクールアニメファンには垂涎もののクリシェ連発だったのではないでしょうか。既視感バリバリなんだけどブラッシュアップっぷりはハンパない映像の数々。最初はデュフフフとキモいカンジで笑うに留まっていたのですが、あまりのクリシェ連発にテンションあがってしまい、最終的に、船が宙に浮いて羽根がウイーーンって開いた瞬間、ブホオオオオ!!つっておもくそふいてしまいました。やりすぎで最高すぎるよ、庵野監督。そんなわけですから、本作のストーリーに対してとやかく言うのはホント意味ないと思います。14年の経過には微塵の意味もない。ようは、庵野監督、ミサトさんが艦長やってるとこを描きたかった――そして、艦隊が浮上するのを描きたかった――ってだけのことでしょう。終盤の槍なんてさ、おそらく「エヴァの手が4本あったらかっこよくない?あ、だったら槍は2本持たせちゃおうか。1本だったらバランス悪いし!!」ってとこから逆算でストーリーを乗っけてるとしか思えません。黒プラグスーツの綾波も眼帯アスカも同様。

そんなカンジで、物語ることを二の次にし、加えて、ジャーゴンをこれでもかと盛り込みまくった(これもまたオールドスクーラーってカンジしますね)結果、「エヴァQ」 なんともいえん行間が発生しているわけですが、ワタクシ的には、それらの行間を埋める行為に囚われて、「説」をこねくり回すのに終始されてるのには全然賛同できないし、でも、それとは真逆で、行間そのものに対して嫌悪感抱いてらっしゃるのにも全然賛同できなかったりします。どっちの陣営も本質じゃないとこに囚われすぎだと思います。ホントそんなのどうでもイイんだもん。「トップをねらえ」や「ナディア」みたいな映像をみてデュフフフってなりゃあイイじゃん。テーマがなくてもテーマがあるようにみせるのってさ、別に今に始まったことじゃないし、つか、このカンジこそが庵野さん達の根っこに在るもんだと思うんですけど。繰り返しになってしまいますが、「愛國戰隊大日本」をみて、過剰な読み解きするのはナンセンスだし、全然物語性がない!っていうのもナンセンスなんじゃないかなあと思うのです。