「紙の月=宮沢りえ」論

ネタバレというか、具体的な内容はあんまし書かないようにしていますが、本質的な部分には触れてますので気をつけて下さい。


吉田大八監督作品って、過去作のすべてが「そこまで観客が抱いていた印象を終盤で見事にバタンと裏返す」というものばかりなので、必然「紙の月」もその見事な裏返し技に期待して観にいきました。ホント過去作すべてがそうなので、さすがに身構えて観ちゃったのですが、結論からいいますと、やはり裏返し技はあり、そして、身構えていたのにも関わらずスゲー驚きました。というか正確には「うわあああゴメンなさい……!!」となったのが正しいというか――


銀行員として働く宮沢りえさんがおもっくそ横領します。


突然ですが、ワタクシ、宮沢りえさんがテレビに出てるのを見ると常々「適切な表現といえるかどうかわからないが、じつにおしとやかでステキな大人の女性になったなあ。しかし、人生の選択によっては今とは全然違う場所に立ってた可能性あるよなあ……」みたいなことを思ってしまいます。もう少し具体的に書きますと――宮沢さん、基本的には超絶におしとやかな雰囲気を醸し出してらっしゃいますけど、ちょいちょいイタズラっぽい仕草やおどけた仕草が顔をのぞかせ、それを見るたび、かつて「とんねるずのみなさんのおかげです」に出演し、ド級の美少女なのにもかかわらず、ノリノリでコントやってた姿がフラッシュバックで蘇ってきて、「宮沢さん、かつての眩しすぎる天真爛漫な姿のままで今の年齢を迎えていたらどんなカンジだったんだろうなあ……」と思ってしまうのです。


つって、なんて余計なお世話なんでしょう。
そう。こんなの本当に余計なお世話なのです。

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宮沢りえさんが演じる銀行員梅澤さんの人生は、傍からみりゃあスゲー可哀想というか、切ないです。旦那は金持ちで愛情もあるけど、ちゃんと彼女を見ているカンジは全くしない。そのせいもあるのでしょう、梅澤さんは若い学生と不倫して色々大変なことになっていく。果ては、突然、相撲取りと婚約したのにも関わらず、色んな圧力があったのでしょう、速攻で破断に追い込まれちゃう。そして、そこが転機なのでしょうか、以降は激やせしたり自殺未遂したりするしで――って、なんか途中から混じってしまっていますがようはそういうことなのです。


でもさ。
だからそんなの余計なお世話なんです。


だって、宮沢さんは別にイヤイヤ天真爛漫さを捨て、その代わりにおしとやかさを身にまとったわけじゃないんだもん。人生の流れの中で自然にそうなっただけにすぎない。というか、自分としてベストの選択をしていった結果なんです。だから、全く縁もゆかりも無い一観客であるワタクシが、いつまでも宮沢さんに対して「少女の輝き」みたいなものを求め続け、そして、それが常に見られないからといって、彼女の物語の上に「切なさ」とか「哀しさ」みたいな負の感情を乗っけるなんて、ご本人からすりゃあ「何を勝手な妄想してんねん、んなわけねーだろ。充分楽しいわ」という話なんです。

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さて、この作品の原作は、角田光代さんによるものです。角田さんといえば、「女性が女性で在ることを誇る」といいますか、そういうことを書いてらっしゃる作家さんという印象があります。ワタクシ、原作は未読なので実際のところは分かりませんが、映画からもそういうヴァイブスが垣間見えるところがあります。しかし。こと映画に関しては、物語が宮沢りえさんの人生とおもくそシンクロすることによって、角田光代性とでもいうべきものを呑み込んでしまっているように思います。それは吉田作品における「終盤における裏返し技のキレ」をやや弱めるものになっているような気もする。大きな普遍性を帯びていた物語が非常にパーソナルな物語に収縮しちゃってるわけですから。なのですが、じゃあ、それが作品としての価値を下げているのかというと全くそうではない。その分、濃度は凄まじいことになっている。そう、宮沢りえさんの人生を念頭に置いてみると、むしろ、切れ味や後味は濃厚になるのではないでしょうか。ワタクシはこの作品、ダーレンアレノフスキー監督作品「レスラー」「ブラックスワン」といった「役者の実人生と物語をシンクロさせる系」映画として破格の傑作だと思います。というか、ワタクシ的にはダーレンアレノフスキー作品より圧倒的に素晴らしいと思います。安易なヒロイズムに陥ってはいないこの作品には、昇華というか浄化というか、が在る。


それにしても「紙の月」ですよ。それが意味するところを頭に浮かべ、劇中の「女優 宮沢りえ」さんの横顔を思い出すと、うーむ、なんともいえん深すぎる味わいがありますね。ホント素晴らしいと思います。